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木登り男爵

三月の陽気だという。ファンヒーターを消したり点けたりする。消すと寒くなり、点けると暑いのだ。動くとちょうどいいのかもしれないが、雨は降っているし、どこかに出かける予定もない。
呼吸法をしていたら、『王様のブランチ』のブックレビューを見れなかった。うっかりしていた。後でホームページをチェックしなくちゃ。

『coyote』をやっと読み終えた。柴田元幸さんのエッセイを読めたのが嬉しかったが、一番よかったのは最後の短篇を翻訳したものだった。試合中のボクサーの様子や葛藤が、臨場感溢れる作品にしあがっていた。ボクシングのお話なんて、普通なら僕は読まないと思うが、こうやって雑誌(本当は書籍らしいが)に載っていると読むことが出来る。隅から隅まで読むという僕の癖もあるのかもしれないが。
次も本の雑誌『monkey business』を読む予定だ。これは創刊号。柴田氏の責任編集と銘をうっている。中身は『yom yom』に似ている。コヨーテは中身が濃くて読むのに時間がいったが、モンキービジネスはどうだろうか。装丁はサイケな感じだが。

『百万回生きた猫』で有名な佐野陽子さんが、最近エッセイをだした。『シズコさん』といって母親の介護、葛藤の一抹がえがかれているという。介護は今まさに向き合っている問題であり、近い未来も避けては通れない問題である。今までいろいろな介護の本を手に取ったが、レベッカ・ブラウンの『体の贈り物』と『家庭の医学』が僕のおすすめである。そこに加わるであろう一冊になるのか、ならないのか、どうか。

恋人から送ってもらったカルヴィーノの本は、以前に読んでいたものだった。カルヴィーノ三部作といわれている中では、『木登り男爵』が一番好きだ。木の上で生活をし、政治まで取り仕切ってしまうんだよ。すごいの一言。

異邦人のために

恋人が『Coyote』という雑誌を送ってくれた。翻訳家で、東大でも教鞭をとっておられる、柴田元幸さんの特集で、文学を軽やかに遊ぶという副題になっている。内容は柴田さん一色で、インタビューは勿論、ミルハウザーやダイベック氏らの寄稿がされていたり、なんと珍しい何篇かのエッセイが読める。どんな時においても、あくまでも控えめで、言葉を慈しんで話す様子がうかがわれる。

翻訳本がでると、訳者を見て購入することが多い。女性では岸本佐和子さんとか、男性では村上春樹さんとか、柴田さんである。柴田さんの訳はとてもわかりやすい。余計な情緒をあえて挟まない誠実な姿勢に敬服をせずにはいられない。

それにしてもラインナップが、なんとも骨太な雑誌だ。内容がとても濃いので、センテンスを拾うように読んでいる。表紙を見ると『Coyote』のロゴの上に、「Magazin For New Travelers」と添えられている。異邦人のための雑誌とあえて訳したい。心は雲の上を彷徨う。

バックナンバーをみたら、沢木耕太郎氏の特集もあった。残念ながらsold out。特集は人物だけではない。「インド/ジプシーの旅立ち」や、「トーテムポールを立てる/見えないものに価値を置く世界」というのもある。後者は非常に興味をそそられる。



「見えないもの」は薬を飲むまで、見えていたのかと聞かれれば、見えていたのかもしれない。
はじめにはっきりと見た見えないものは、血に染められた軍服を着てうずくまっている男性だった。10メートルもないトンネルの出口付近に、男はいた。その時傍らにいたボーイフレンドに、「ちょっと無理!」と叫んで、彼の腕をつかんで、小走りに来た道を引き返した。その後お腹が痛くて痛くて、ちょうと昼時だったので、そのあたりには一軒しかない、カジュアルレストランみたいなお店に入ってもらう。時間的に並んでいたが、彼は列の最後に待っていてもらって、僕はお手洗いに駆け込んだ。
お腹は下していた。でもたぶんこれで浄化ができたのかもしれないが。
はっきり見えたのは数回しか経験が無いが、なんとなく怖い場所とか、歩きたくない場所はある。
今はもう「見えないもの」は見えないが、それでよかったのかどうかと考えると言葉を失う。ただ、生きやすくはなった。それは確かだ。

本棚の風景

好きな作家さんの本を新刊で買ったのはいいが、もったいなくて、本棚に押し込んだままにしていることがよくある。昨日読み終わったいしいしんじさんの『麦ふみクーツェ』もその本の中の一冊だった。初版本をたぶんamazonで買って、六年も寝かせておいた。陽があたるところに本棚は置いてないが、ページは囲むように薄茶色に変色している。ああ、そんなに時間が過ぎてしまったのかと一瞬途方にくれる。
いしいさんの本は、あと二冊、寝かしておいてあるが、そろそろ全部読んでしまおうと思っている。それも、毎月の本代を少し見直したいと思ったからだ。読んでない本が手元に無いとものすごく心細いという変な癖がついてしまっているため、読むペースを想定して、ついつい買ってしまう。もしかしたら、いや、たぶんストレス解消の一種だろう。
いしいさんに限らず、他の作家さんの本も埋もれている。昨日はいしいさんの未読本を棚から出している時に、井上荒野さんの未読本をみつけた。それも二冊。ふんふんと鼻が鳴る。たしかリチャード・パワーズやクレストブックスもまだ読んでない本があるはずだ。もはや宝探しの様相を呈している。たぶん、本が今のように積み重ねられていなくて、余裕があった時に、読んでない本も本棚に収めていたのだと思う。
積読柱は、テーブルの横にそびえ立っているのだが、最近は崩し倒して痕跡がのこるだけの感じになっている。読了した本は本棚に押し込む。

恋人が引越しのために本の整理をしていた時、本の雑誌と一緒に僕が読みたいカルヴィーノや筒井康隆氏の本を送ってもらった。これは積読柱のコーナーの一角になっている。
基本的に同じ作家さんの本を続けて読まないようにしているので、胸いっぱいになることはない。時々一冊読んだだけでも、もういい、と思うこともあるけれど。

連休中も本は読み続ける。さて、本を買わないでいられるかどうか、自信はない。



よしもとばななさんの最新刊『サウスポイント』が発売されたそうだ。『ハチ公最後の恋人』の続編だということで、是非読みたい一冊。

よむよむ

川上未映子さんの『乳と卵』を読み始めたが、どうしても目が滞ってしまう。すうーっと身体に落ちてこない。句読点のほとんどない極めて特徴的な文章が、頭の上のほうで、ふわふわと浮かんで消えてしまうのだ。だんだん苦痛になってくる。最後に読もうと思っていた選評を読んで気分転換をはかろうと考える。石原慎太郎氏の評は相変わらず毒舌で、意外だったのは、いつもばっさりと切る山田詠美さんが芥川賞を即決していたことだった。そうなのか、と思って、また『乳と卵』に戻るが、どうしても先に進んでいかない。これはもう相性が悪いんだと思い直して本を閉じる。
以前、平野啓一郎氏の『日蝕』がこんな風だったなあと思い出し、しばらくして読んだらかなり面白かったことがあったので、『乳と卵』も少し間を置いて読んでみようと思う。でも町田康氏の小説に触手が伸びないのとなんとなく似ている気がしてならない。

部屋のテーブルの横に積んである積読柱が、全て取り払われたにもかかわらず、いや、本棚にはもったいなくて読んでない本が何冊もあるのだが、また新しい柱が作られようとしている。更に購入希望の本が、テーブルの上にメモしてある。最近はエッセイやミステリーにも手を伸ばしているので、自然に本の選択肢も多くなっている。本棚はもうほとんどいっぱいだ。読んだら本棚に入れる、と決めているが、はてさてスペースがあるのだろうか?一回整理しないといけないなあと思う。とりあえず、雑誌類は蔵にいれよう。そうすれば二段分のスペースが空く。

amazonもe-honもペリカン便が受け持っているらしく、配達のおじさんとはすっかり顔なじみになってしまった。考えてみると一ヶ月に二~三回くらいは注文するので、当たり前かもしれない。時候の挨拶を交わし、この頃は暖かくなってきたのでいいが、冬の間中は、判子を押す間、かちんこちんに固まった姿勢で立って待っていてくれたので、随分気が引けたものだ。前にいったいどんな本を買っているかと訊ねられたことがある。その時はたまたま魔笛のDVDを買った時だったので、オペラを、と答えた。そうしたらおじさんの目がきらりと光り、自分の好きなクラシックやオペラのことを話し出したのだった。LP盤で持っているのを楽しみに聴いているという。それが縁でおじさんと世間話をするようになった。大抵は時候の話ばかりだが、本を買う楽しみの一端を担っているかもしれない。

母なる大海を求めて

早速、昨日覚えた腹式呼吸を意識して呼吸法をしてみる。感覚としては、大腸のほうへ風船を膨らますように息を吸い込み吐き出す、という繰り返しだ。今は意識してやっているので、眠くはならないが、自然にできるようになって、眠くなるのが目標だ。
やっぱりきちんと対面で教えてもらうことは、一見よりも勝る。

般若心経の意味を知りたくなって、現代語訳の本を買ってみたが、微細なのか漠然としているかわからず、頻繁に『空(くう)』がでてくるのはわかったが、それ以降を越えれなくて頓挫していたら、友人が『般若心経絵本』(小学館)を勧めてくれたのだった。
最初amazonで探したが、もう売り切れていて、となると、僕の最後の望みの綱、e-honで検索してみた。見事に在庫あり。amazonは有名すぎて在庫が少ない。そういう時は全国の本屋さんを網羅しているe-honの可能性にかけることは多い。今回もその手で入手した。1500円以上じゃないと配送料が付くので、前に筑摩書房の松田哲夫氏が絶賛していた『食堂かたつむり』も一緒に買ったのだった。
諸橋精光氏の優しくて可愛らしい絵とわかりやすく唄うような解説は、僕をハンニャハラミツの大海へいざなってくれる。まるでハンニャハラミツの中の蛙のようだ。
シャーリープトラくん、わたしたちが確かだと思っているこの感覚や思考の世界は、その固定観念をはずしてみれば、それとは別のまったく新しい姿をあらわしてくる。
わたしたちの見方によって世界は変わるんだよ。そうしてみればきみも分かることだろう。
この世界のものごとはすべて海の上に立つ波のようなもの、夢やマボロシのようなものだということが。実体のあるものは何ひとつないんだよ。
あるのはただひとつ、このハンニャハラミツの大海だけなんだ。
物事が無限だということがよくわかる一節だ。「とらわれない」、それがキーワード。
プロフィール

soupooh

Author:soupooh
こんにちは!Blue Heavenへようこそ。ミスチルとスピッツのファンです。
仲間由紀恵さんも好きです。オザケンも大好きです。
最近はあまりつぶやかないツイッターのつぶやきばかりですみません。
統合失調症の治療をしつつ、父の介護を母と二人三脚で行っているというファイトな日常を送っています。趣味は布小物作り。でも現在は趣味にいそしむ余裕はなく。
本はよく読みます。読めている時は環境や体調がいいときです。ジャンル問わずおすすめがあったら教えて下さい。
チャームポイントは、よく見ると三重まぶた。

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