女という名前の女
三十四歳の女と三十五歳の女がいるのか?自分のせいで死んでいく男達をみて女は何を思うのだろう。はじめから殺すつもりで接するのか。それが運命だとしたら恐ろしい。
朝晩霜柱がおりるようになってきた。アサガオは霜にあたってそろそろおしまいだ。まだ蕾があるけれど、咲かないだろう。あとは種が育つのを待つ。今回も長く咲いてくれた。感謝でいっぱいだ。
昨日は本を運んだあと、シェルフを組み立てたのだった。簡単に組み立てられたけれど、DIYは男手が欲しいなあと思う。二階と一緒にリビングキッチンも片付けているのだった。こつこつやるのは嫌いではないが、一人身だと思ってやるしかない。母は古着をどうリサイクルでだせばいいかを清掃工場に電話で聞いていた。綿だけは資源で化繊などは燃えるゴミだそうだ。
ハラマキ
十一月になったことだし、そろそろ来年のカレンダーを買わなくては。毎年ほぼ日のカレンダーを使っているので、今年も結局そうなるのかなと思案している。表面加工されていてホワイトボードみたいに書いたり消したりできる。満月と新月がわかるようになっていて、数字も可愛くて、僕にとっては使い勝手のいいカレンダーなのだが、ちょっと高いのと、加工をしてあるために不燃物なのである。
弟のお薦めは、MoMAの月齢カレンダーなのだが、これはインテリアには格好いいけれど、カレンダーとしてどうなのか。
結局、ほぼ日のものに決める。以前ほぼ日ストアに寄った時、ハラマキにも心惹かれたのだった。持っていて気に入っているキティちゃんのハラマキは、今や胴回りに入らない。体調が変わった時等にこれからの季節に使うと、少し下腹部の痛みが紛れるのだ。
朝のうちに本を移動する。谷口ジローさんの漫画をたくさん発見する。運んだ本は弟所有のものと辞書がたくさん、あとは僕の文庫本だったので、辞書はまだしもいずれ全部持って行ってもらおう。それまでに谷口さんの漫画を読んでおきたいところだ。
部屋をリホームしただけで、衣服や本やダンボール等のゴミがたくさんでた。母が昔若い頃着ていた服はサイケで可愛いのを取っておいてもらう。いずれ僕が痩せた時に着てみたい。いつのことやら。
ここ数日、毎日毎日ゴミばかり出しているような気がすると言ったのは母である。
弟の本
雨が降って出来た水たまりが凍っている。吐く息が白い。今年一番の冷え込みだと思う。ヘブンリーブルーはまだ花をつけている。強い子だ。花芽がつかないと思われた鉢もしっかりと芽がついて結局ふた鉢共に花をさかせた。
紅葉した落ち葉の中にあるブルー。本当に空の色だ。
リホームした二階に本を持っていく。画集など大きな本を先に運ぶ。アルファロメオの仕様書などは弟の本だ。これは彼に持っていってもらおう。とりあえず運んでおく。
本の中に紛れて、岡村孝子さんのLP盤を発見。懐かしいなあ。学生の頃よく聞いたことを思い出す。当時付き合っていた彼とのドライブに、テープに録音して持って行ったのだが、あまり好評ではなかった。僕が東京へ就職したら、彼は僕が残していったテープを聞いていたそうだ。
思い出は面白い。
明日も本運びが続く。運ぶ本を眺めてみると、弟が残していった本ばかりだ。一応運ぶが、どうしたものだろう。
マドレーヌ
強い風が木々の枝を揺らし、窓に雨が吹き付ける。昼中の寒いけれど穏やかな陽とはまるで違う。
そんな中、僕は眠っている。体調が変わるのだろう。布団の中で巣篭もる。ある程度眠ったら障子ががたがたと鳴る音で目が覚めた。
昼間『相棒』の再放送を見ている。だいたい一話完結なのだが、今日は先週の続きだった。小日向さんが犯人役でとてもいい味をだしていた。それが先週死んでしまった。今日はどんな展開になるのだろうと期待していたのだった。右京さんが震える時は何かが起こる時だ。
とっても美味しいマドレーヌを食べる。バナナがはいっているのかな。香りもよくしっとりしていて、思わず声が出る。
ビンゴ!バナナが入っている。それと蜂蜜。
また買いに行きたいが、場所は伊那のほうである。母が実家の駒ヶ根に行く時にお土産でちょくちょく買ってきていたのだが、マドレーヌを買ったのははじめてだった。ケーキも和菓子もあるが焼き菓子が美味しいお店だ。
のど自慢
日曜日の昼にテレビを見るのは、大抵NHKの『のど自慢』である。合格者の数が少なくてもとても明るい面々だったり、やたら歌のうまい人がいる時や、その時々でお国柄が垣間見れる。自分が歌が好きなこともあるが、見てほっとする番組である。
家はほとんどNHKのチャンネルを変える事がなかったし、ぼくも仕事で部屋にいる時は海外のTVドラマを放映しているスーパーチャンネルをBGMにしていた。それが母が五年前に定年退職してから、だんだん変わっていった。NHKでは安全パイの放送しかしないと気づき、民放のともすればエキセントリックな面白さにひかれていったというわけだ。
チャンネルの取り合いがないのは、母も僕も歌番組があれば満足するからで、父はなんでもいいので、BSチャンネルから演歌が流れている時が多い。
子供の頃から、親戚が家に来るとカラオケ大会がはじまった。ハチトラの時代であった。いまはもっぱら車の中では演歌のCDを聞いている。
僕が演歌を歌えるのは、こういう環境のせいである。それにもともと歌うことが大好きだからである。
両親と三人で昼間カラオケに行ったりしたこともあったが、今はもう父が歌えない。たぶんもう裕次郎メドレーは聞くことができないであろう。
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